プロジェクトヒストリー公開 三菱電機は、2006年よりヒートポンプ技術を
応用した「Air To Water」の開発に着手。
欧州の巨大産業である暖房業界に参入した。
その事業化の背景とは?
開発に携わった技術者の想いとは?

『開発の背景』
「社会課題を解決したい」
~未来を見据えた
開発を推進~

地球規模での環境問題への警鐘
ご存知の通り、環境問題やエネルギー問題が叫ばれて久しいですが、そのひとつとして化石燃料の膨大な消費による資源枯渇やCO2排出による温暖化への影響が懸念されています。日本はもちろん、米国・欧州など先進各国が危機感を持ちながら、それらの課題への取り組みはなかなか進んでいないのが実情ではないでしょうか。そのような状況のなか、三菱電機は「持続的成長に向けた未来志向の研究開発」を経営戦略として掲げ、エアコン(空調機)や冷蔵庫などの空調冷熱事業においても、未来を見据えた社会課題の解決に向き合ってきました。
欧州での暖房事情
日本では、一般家庭にもエアコン(空調機)が普及していますが、欧州では『暖房』といえば、燃焼系ボイラによる温水暖房・給湯が主流です。京都議定書や最近ではCOP21で“パリ協定”が締結され、各国の規制や方針が変わりつつあるなか、暖房機器においても、よりクリーンな製品・技術を求める社会的気運が高まっています。
日本の技術が、欧州の環境改善の
糸口に
社会的なニーズが高まる一方で、依然として欧州では、ボイラが暖房機器のスタンダードとして認知されています。そのようななか、三菱電機は、2007年にAir To Water(ATW)という空調機で培ったヒートポンプ技術を応用した製品を開発。ATWは、従来のCO2排出量を大幅に抑え、同時に運用コストも削減できる未来型のクリーンな暖房・給湯機器として注目されるようになりました。
その製品開発は、これまでにない技術領域に挑戦し、様々な壁にぶつかりながらも、「社会のニーズに応えたい」という一心で事業を推進した技術者たちの想いがあったからこそ成しえたものなのです。
ATWとは?
ATWプロジェクトのスタートはわずか3名から

『開発の流れ』
欧州地元企業のOEM供給から
はじまった

当初は、パッケージエアコンの室外機の技術をベースに、インターフェースを開発。それを欧州の地元企業にOEM供給するというのがスタートでした。当時、全体設計の担当者は、3名でしたが、インターフェース開発の成功を起点に、「室内機も自分たちでつくれないか?」と、社内が少しずつ盛り上がってきましたね。三菱電機としても「ヒートポンプ技術を応用して何かできないか」という視点があり、本格的にATWの事業化を推進するために、2007年に新事業技術課を立ち上げました。

新しいものに全体から関わりたかった
私は入社以来10数年、電子回路の基板設計に携わっていました。ATWには、室外機のインターフェース開発から関わることに。ATWが空調事業の新たな可能性を開拓してくれる、という期待感がありましたね。私個人としても、一部分だけでなく、より全体を俯瞰できる設計をやりたいという想いが強くなり、機能設計への異動を希望しました。
関係者一覧

『開発者の苦悩』
想定以上に険しかった
事業化への道

社内風景
「“新参者”として参入する」 
市場の壁
欧州では、ボイラ技術をもとにした暖房器具を使っている世帯が多く、それが“当たり前”の文化として根付いています。そこにATWという“新参者”が入っていくというのは、思った以上に厳しいものでした。まず、巨大産業であるボイラ市場に割って入っていくという参入障壁があります。欧州では、三菱電機は古くからエアコンの強い販売網を持っているのですが、特にドイツはギルド様式が残り、異業種からの参入に対する抵抗が非常に強い。一方イギリスは、政府機関への働きかけにより、一歩ずつ入り込むしかない。フランスはなんでもありで、どこから手を付けていいか分からないなど、一口に欧州といっても、国ごとに戦略を変えなければならないのです。
「どう設計していいか分からない」 
基準の壁
「設計面」でも壁にぶつかりました。設定の仕方から、基準の置き方など、あらゆることが我々の技術仕様と違うのです。表面的な要求仕様をただ聞くだけでは、設計はできません。例えば、機能を追加する際には、その機能に対するリスクはどのようなものがあるか、きちんと細かいところまで理解していないと仕様にどうしても漏れが出てしまいます。
そもそも欧州のエンドユーザーの感覚がわからないため、それをどのようなときに使うのか、どれくらいの時間で暖かくなれば満足されるのか、などの“基準”が見当もつかないのです。 また、販売開始前に社内でレビュー会を開催し、有識者に審査をしていただくのですが、有識者の方々も使ったことがないため、正しく伝えるのに工夫がいりましたし、ご意見をいただいても、どう取り入れるかを決めるのが、非常に悩ましかったことを覚えています。
「言っていることが分からない」 
言葉の壁
単語ひとつとっても、分からないことだらけで苦労しましたね。例えば、2007年でしたか、フランスの顧客から「ここの機能は“ロワドー”に則っているから」と言われ、始めは何のことを言われているのか分かりませんでした。いわゆる「水の法」という意味らしく、「外気温度の変化によって自動で、暖房用の目標水温を変える機能のこと」を指していると、あとになって分かりました。ですが、はじめは何のためにこの機能があるのかまでは教えてもらえず、彼らもどう伝えたらいいか分からないという状況でした。ただ「そういう決まりなんだ」と言われるばかりでした。
仮説→検証を繰り返し、事業化へ
そういった疑問や不明点に対しては、とにかくああでもこうでもないと議論しながら、仮説を立てて検証していくというプロセスをたどりました。原理原則に立ち返って、「なぜこのような作りになっているか」という視点で考えていくと、次第に仕組みがわかってくるのです。「こういう風に考えてみたら?」「それはなさそうじゃない?」「じゃあ、こんなのはどう?」「それならこうも考えられないか?」といった感じで、半分ぐらい妄想みたいなものでしたが(笑)。時には、設計担当だけでなく、営業担当も巻き込んで、皆で意見を出し合いながら進めていきました。当時は、とにかく分からないことだらけで、2か月に1回くらい欧州の現地に行っては、販売会社にいる詳しい人をつかまえて話を聞いていましたね。
少しづつですが、“欧州の当たり前”を理解し、我々の知見に取り込んでいくことで、製品開発を成功させることができたと思います。前例のない製品に挑戦することの大変さを身に染みて実感しましたね。

余談ですが、最近では、三菱電機の他製作所の社員が欧州と新しい取り組みをしていたとき、同じく「ロワドーって何?」となったそうです(笑)。登竜門のようなものかもしれませんね(笑)。

『将来の展望』
「社会が必要としている」
製品だから
事業化できた

未来を守る製品開発
ATWの事業化プロジェクトを立ち上げてから、10年が経とうとしています。今後も、ATWを筆頭にヒートポンプ技術を応用した製品が広まっていくことで、もっと世界のCO2削減は進んでいくでしょう。社会にとって、世の中にとって、必要とされることに全力で取り組む、それが私の仕事だと思っています。この仕事を通して私は、世の中が求めていることに応えていけば、結果は後からついてくるのだと確信できました。
まだまだATWは発展途上の製品。さらに省エネ性を高め、高効率化を進めていくことで、ランニングコストや製品自体の価格を下げられるようになるはずです。もっとエンドユーザーの方々に自然と選んでもらえるようになって、将来的には、ATWが地球規模で環境改善の一翼を担ってくれると嬉しいですね。


※役職・記事内容等は、取材当時のものです。